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ウクライナ、チェルニヒウの歴史
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つぶやき大王日記
ウクライナ北部に位置し、ちょうどロシアとベラルーシとの国境付近にあるチェルニヒウ。
ロシア軍のウクライナ進行により、あっという間にロシアに占領されてしまったことで世界中の人がこの難しい発音の町の存在を知ることになったが、実は6年前に私はこの街を訪れている。
この街の印象は11月であったためとにかく寒かったこと、豚肉とポテトがおいしかったこと、そしてこの街の若者が語ってくれたこの街の歴史が我々日本人には特に考えさせらるものであったので紹介しておく。
この街は古くからヨーロッパとロシアを結ぶちょうど中間点に当たり、時の侵略者たちはいつもこの街を通って行った。
ナチスドイツ、ナポレオン、古くはフビライ=ハン率いる蒙古軍もこの街を逆に通過していき、そのたびにこの街はボコボコにされているという。
特に蒙古軍はこの街を草の根も残さないほど奪い去ってしまい、したがってこの街の歴史は蒙古軍の来る前のものは跡形もなくなくなってしまったため、その歴史そのものがアフター蒙古軍しか残っていないのだそうだ。
しかし当時世界最強だった蒙古軍も日本に対しては「神風」の前にあえなく撃沈されている。
チェルニヒウ、いやウクライナ、というよりヨーロッパ全体はおろか日本以外の世界中の国民が他民族からの侵略を経験していていかなる時代もその恐怖と闘いながら生きていることを我々は理解するべきだ。
「平和ボケ」と言われようがバカだのチョンだのと言われようがかまわない、当たり前の平和をいつも実感でき、ほかの国の植民地になった経験のない万世一系の天皇家を持つしかも有史以来一度も革命の起こっていないこの国を誇りに思ったことをこの紛争時に思い出している。